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那覇地方裁判所 平成5年(行ウ)4号 判決

那覇市字天久一一六七番地の三

原告

株式会社ノビル商会

右代表者代表取締役

江崎孝

右訴訟代理人弁護士

阿波根昌秀

沖縄県浦添市宮城五丁目六番一二

被告

北那覇税務署長 上原正次郎

右指定代理人

新元等

屋良朝郎

阿部幸夫

仲大安勇

工藤憲光

宮里勝也

原田勝治

小澤正義

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度の法人税について、平成二年三月九日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、平成二年六月三〇日付け異議決定により一部取り消された部分を除く。)のうち、所得金額七二一三万〇五六四円、納付すべき税額二九三三万四六〇〇円、過少申告加算税四四〇万〇一九〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「本件係争年度」という。)において、原告の大宝商事有限会社(以下「大宝商事」という。)に対する貸付金を貸倒償却による損金として処理したことに対し、被告は、原告代表取締役江崎孝(以下「江崎」という。)に対する右貸付額と同額の損害賠償請求権が原告に発生していると判断し、右額を益金の額に算入して更正処分等をしたが、これにつき、原告が、右損害賠償請求権の益金算入を不服として、右更正処分等の取消しを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告は、理美容器具、化粧品、一般雑貨等の製造販売等を業とし、発行済株式三〇〇〇株のうち、江崎が二六二〇株、江崎の母江崎キヨ(以下「キヨ」という。)が残り三八〇株をそれぞれ所有する同族会社である。

2  大宝商事は、資本金三〇〇万円の有限会社として昭和五四年三月一〇日付けで設立登記がされ、右資本金のうち、江崎が六〇パーセント、江崎の妻洋子が四〇パーセントをそれぞれ出資し、江崎が代表者を勤める同族会社である。

なお、大宝商事の事業は、食品の製造販売及びこれに関する諸資材、器具設備の販売、飲食店、喫茶店の経営、食品の輸出入業務及び不動産業等である。

3  原告からの借入金として大宝商事の貸借対照表に計上されている金額は、以下のとおりである。

事業年度 借入金

昭和五八年三月期(昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日まで。以下同じ。) 計上なし

昭和五九年三月期 三三一九万五四五六円

その後の事業年度については、無申告であるため、大宝商事の申告書からは確認できず、その後の状況につき、原告の貸借対照表に計上されている金額は、以下のとおりである。

事業年度 貸付金

昭和六〇年三月期 五七五九万一九一二円

昭和六一年三月期 六五九九万三五四七円

昭和六二年三月期 六八〇七万七〇六七円

昭和六三年三月期 六八〇七万七〇六七円

原告は、右貸付金(以下「本件貸付金」という。)以外には、大宝商事との取引関係はなく、大宝商事が原告から融資を受けた目的は、銀行への借入金の返済及び仕入れ先への買掛金の支払いのためである。

4  大宝商事の、昭和五七年三月期以降の税務申告における欠損金の推移は、以下のとおりである。

事業年度 貸付金

昭和五七年三月期 九七〇万一七一四円

昭和五八年三月期 三一一八万〇八五二円

昭和五九年三月期 五〇三九万七八五九円

昭和六〇年三月期以降 申告なし

5  原告は、本件係争年度において、累積した本件貸付金六八〇七万八〇六七円を貸倒償却により損金として処理した。

6  原告は、本件係争年分の法人税として、平成元年五月三一日付けで、所得金額(欠損金額)マイナス八四七四万一三七七円(前記5の本件貸付金の貸倒償却による損金処理を含む。)、法人税額〇円とする青色確定申告を提出し、その後同年一二月二日付けで、所得金額(欠損金額)マイナス七三七三万一二六五円と修正申告した。

7  被告は、原告の本件係争年分の法人税につき、平成二年三月九日付けで、以下のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、併せて「本件更正処分等」という。ただし、後記異議決定により一部取り消されたものをいう。)をし、そのころ原告に通知した。

所得金額 一億四五八六万一一〇二円

法人税額 六〇三〇万一六二〇円

課税留保所得金額 二四〇五万四〇〇〇円

右に対する税額 二四〇万五四〇〇円

控除所得税額等 三七万二一七一円

納付すべき法人税額 六二三三万四八〇〇円

過少申告加算税 九三二万四五〇〇円

8  原告は、右更正処分等について、平成二年三月二〇日付けで異議申立てをしたところ、被告は、同年六月三〇日付けで、以下の額を超える右更正処分等を一部取り消す旨の異議決定をし、そのころ原告に通知した。

所得金額 一億四〇二〇万七六三一円

法人税額 五七九二万六九四〇円

課税留保所得金額 二三二四万六〇〇〇円

右に対する税額 二三二万四六〇〇円

控除所得税額等 三七万二一七一円

納付すべき法人税額 五九八七万九三〇〇円

過少申告加算税 八九五万五五〇〇円

9  原告は、平成二年七月二四日付けで、国税不服審判所沖縄事務所長に対し、右異議決定について審査の請求をしたところ、同審判所長は、平成五年一月六日付けをもって、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月一一日ころ、原告に通知した。

10  本件更正処分等がされ、裁決がこれを維持をした理由の一つは、原告が、本件貸付金を本件係争年度の貸倒償却として損金の額に算入しているところ、本件六八〇七万七〇六七円の貸付金は、原告の代表取締役である江崎が、大宝商事に対し、個人的に行ったものであるから、原告が右貸付金を貸倒償却をすると同時に、原告は江崎に対して、貸付金と同額の損害賠償請求額を取得するのであるから、原告は、右損害賠償請求権を益金の額に算入すべきであるというものであった。

三  争点

本件の争点は、被告が、本件更正処分等において、原告の江崎に対する損害賠償請求権を益金に算入したことの適法性である。

1  原告の主張

(一) 損害賠償請求権の不発生

(1) 原告及び大宝商事は、その株式のすべてを江崎の家族が保有する同族会社であり、大宝商事が融資を受けたり、継続的な商取引をするに際しては、江崎個人の保証が常に求められていた。そして、大宝商事の事業が失敗することは、江崎個人ひいては江崎がほとんどの株式を保有している原告の事業に甚大な影響を及ぼす状況にあった。そして、大宝商事が事業を開始するため銀行から資金を借り入れる際に、原告所有の土地、建物について、取締役会の議決を経て担保権を設定した。したがって、江崎が原告代表者として行った大宝商事に対する融資は、原告の信用保持のためにされた正当な行為であり、合理的な理由が存するのであるから、江崎には、商法二五四条の三にいう忠実義務違反の事由はなく、江崎は、原告に対し、同法二六六条一項の損害賠償責任を負うものではない。

(2) また、原告の大宝商事への融資は、原告から大宝商事に対し、直接的に資金を貸し付けたものではなく、原告所有の不動産に抵当権を設定したり、大宝商事の振り出した手形に裏書保証をしたものである。右のような行為については、原告と江崎との間に利害が相反する関係にはないのであるから、商法二六五条にいう利益相反取引には当たらず、江崎は、原告に対し、同法二六六条一項の損害賠償責任を負わない。

(3) 商法二六五条は、会社と取締役との取引など、取締役が会社と利益相反する行為をする場合に、取締役会の承認を要することを定めた規定であるが、これについて、一人会社で取締役が全株式を所有し、全株式を所有し、会社の営業が実質上取締役の個人経営にすぎない場合には、実質的に利益相反の関係を生じないから、形式上自己取引となっても、取締役会の承認は不要であると解すべきである。

原告会社は、江崎及びキヨがその全株式を保有し、キヨは、その所有する株式について、処分一切を江崎に委ねており、江崎が希望する場合にはいつでも江崎に譲渡できる状態にあり、原告は、江崎が経営する個人会社に当たるのであるから、江崎がした本件貸付行為は、商法二六五条にいう自己取引や利益相反取引には当たらない。

(二) 取締役会の承認及び株主の同意

また、江崎は、原告の代表者として大宝商事に対する貸付けを行う際に、事業に他の取締役及び総株主の同意を得ており、損害賠償請求権は発生しない。

仮に、江崎が、事前に総株主の同意を得ていなかったとしても、いったん発生した損害賠償請求権は、事後に総株主が同意したことにより免除された。

(三) 信義則違反

原告は、昭和五八年度の法人税の申告に際し、被告から、本件貸付金につき、認定利息の計上漏れの修正申告の勧奨を受け、昭和五八年度から昭和六一年度分の法人税の申告について、合計一六五九万一九四二円の認定利息を所得して計上している。

右認定利息の所得への計上は、本件貸付金が適法なものであることを被告においても認めていたことにほかならず、しかも、右計上は、被告の勧奨によるものであるから、信義則の点からも、被告が本件貸付金を違法なものということはできない。

(四) したがって、本件係争年度における原告の所得金額は、本件貸付金を控除した七二一三万〇五六四円となり、納付すべき税額は二九三三万四六〇〇円、過少申告加算税は四四〇万〇一九〇円であるから、右を超える部分の更正処分等は取り消されるべきである。

2  被告の主張

(一) 損害賠償請求権の発生

(1) 大宝商事は、資本金が三〇〇万円と僅少で、設立当初から借入金に依存し、営業不振で赤字経営であったにもかかわらず、江崎は、原告代表者として、大宝商事に対し、昭和五八年四月から昭和六二年三月までの間に、その資金力、営業成績等を考慮することなく、原告の規模、資金力に比べてかなり多額の金額無担保で融資した。

すなわち、江崎は、大宝商事に対する貸倒れを予見し得る立場にありながら、大宝商事の再建及び江崎が保証人となっている銀行借入金の返済を目的とする個人的な動機から、原告の資金を流用して回収の見込みのない融資を行ったものである。したがって、江崎は、代表取締役としての善管注意義務、とりわけ取締役の会社に対する忠実義務に違反する行為であり、商法二六五条一項五号の規定により、原告が、本件貸付金を貸倒償却として損金処理したと同時に、原告は、原告代表者である江崎に対し、本件貸付金と同額の損害賠償請求権を取得する。

(2) 仮に、江崎において、右行為に忠実義務違反がなかったとしても、大宝商事に対する資金援助行為は商法二六五条にいう自己取引に当たり、その結果原告に本件貸付金相当額の損害を与えたのであるから、同法二六六条一項四号(同条は無過失責任である。)により、原告は江崎に対し、右と同額の損害賠償請求権を取得する。

(二) 取締役会の承認及び株主の主張について

(1) 取締役会の承認について

商法二六六条一項は、行為をした取締役会の会社に対する弁済又は賠償責任を規定しているところ、同条二項において、右行為が、取締役会の決議に基づく場合は、右決議に賛成した取締役会は、その行為をしたものとみなすとしていることからしても、例え事前に取締役会の承認を得ていても、江崎は、損害賠償責任を免れ得ない。

(2) 総株主の同意について

原告は、本件貸付に当たって、禀議書及び金銭消費貸借書等を作成しておらず、事前に総株主の同意を得た事実は存在せず、また、江崎の損害賠償義務を免除する経理処理もなされていないことから、右損害賠償義務が総株主の同意により事後に免除された事実も認められない。

また、仮に、総株主の同意があったとしても、これによって、江崎の原告に対する損害賠償義務の免除を容認するとすれば、法人税の負担を不当に減少させることとなるので、法人税法一三二条一項の同族会社に対する行為又は計算の否認により、右免除を否認し、貸倒償却による損金と同額の、原告の江崎に対する損害賠償請求権を益金に算入することとする。

なお、仮に、損害賠償義務の免除が認められるとしても、原告の江崎に対する債務の免除は、実質的にみれば、同人に対する利益の供与であり、臨時的な給与として賞与に当たる(同法三五条四項)から、同法三五条一項の規定により損金に算入されないことは明らかであり、原告の免除の主張は失当である。

(三) したがって、被告が、同法二二条二項の規定により、原告が貸倒償却した額と同額の本件損害賠償請求権の額六八〇七万七〇六七円を益金に算入したことは適法である。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実等、甲一ないし七号証、乙一号証の一ないし七、二号証、三号証の一ないし四、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、江崎の父親が個人事業として始め、昭和四四年四月二四日に株式会社として設立登記されたもので、資本金は九一五万、設立当初から現在まで、発行済みの株式総数は三〇〇〇株であり、江崎の父親が存命中は、江崎及び江崎の父親がそれぞれ一三一〇株ずつ、江崎の母キヨが三八〇株ずつ所有し、江崎の父親の死亡した昭和五八年八月一〇日以降は、江崎が二六二〇株、キヨが三八〇株所有しており、設立後現在に至るまで一貫して法人税法二条一〇号にいう同族会社に該当する。

2  原告の定款に記載された事業の目的は、(1)理容、美容、材料器具、化粧品、医薬部外品、化学製品薬品、一般雑貨の製造販売並びに輸出入業務、(2)理美容院の経営、(3)観光事業、(4)右に附帯関連する一切の業務であり、主として、理美容器具及び化粧品の販売を事業として行っていた。

3  大宝商事は、江崎が昭和五四年三月ころ設立し、江崎及び江崎の妻洋子の二人が一〇〇パーセント出資し、江崎が代表者を勤める同族会社である。

4  大宝商事は、当初は化粧品の小売販売をしていたが、昭和五六年七月ころ、日本デイリークイーンと提携して、ハンバーガーの販売を手掛けることとし、定款の目的も、食品の製造販売及びこれに関する諸資材、器具設備の販売、飲食店、喫茶店の経営、食品の輸出入業務及び不動産業と変更した。

5  そして、昭和五六年ころ、那覇市牧志に日本デイリークイーン国際通り店を開業することとし、那覇市西所在の原告所有の土地、建物に抵当権を設定し、江崎が連帯保証人となって、琉球銀行から二七〇〇万円の融資を受け、右開業及び運転資金の一部に充てた。

6  ところが、大宝商事は、右営業の開始当初から、営業が思うにまかせず、一年後にドーナツ販売も併せて行うこととし、ダイエー系列の全国的チェーン店であるドーナツアーツに加盟し、ドーナツの販売も開始した。そして、右ドーナツの設備投資の資金等に充てるため、ダイエーファイナンスから約二〇〇〇万円借り入れた。

7  右設備投資の他、運転資金等の融資を受けるに当たっては、大宝商事が手形を振り出し、原告が右手形に裏書保証をする形で融資を受けていた。

8  ところが、ドーナツの販売も順調にいかず、大宝商事は、前記当事者間に争いのない事実等4記載のとおり赤字が累積し、昭和五九年ころ、多額の借金を抱え、事実上営業を停止した。原告は、大宝商事の負債について、借入金の代位弁済等や手形の決済を行い(以下「本件弁済等」という。)、右金額を原告の大宝商事に対する貸付金として、貸借対照表に計上した(原告は、江崎個人が代位弁済したものについても、誤って原告の貸付金として計上したと主張しているが、右を裏付ける客観的証拠はない。)。

9  原告から大宝商事への貸付金として貸借対照表に計上された金額は、前記当事者間に争いのない事実等3記載のとおり、本件係争年度において、六八〇七万七〇六七円に上っており、原告は本件係争年度において、右金額を貸倒償却により損金処理をした。

10  なお、原告は、右に述べた大宝商事に対する本件弁済等をする際に、同社から担保や保証をとることはなかった。

二  以上の事実を前提に、争点について判断する。

1  損害賠償請求権の発生について

会社と取締役との関係は委任であり(商法二五四条三甲)、取締役は、法令及び定款の定め並びに総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負う(同法二五四条の3)。

そして、法令又は定款に違反する行為をした取締役は、会社に対し、会社が被った損害額につき、弁済又は賠償の責に任ずる(同法二六六条一項五号)。

ところで、原告代表取締役江崎は、前記のとおり、大宝商事が、設立当初から赤字経営で、その後も業績が悪化する一方であったにもかかわらず、昭和五八年四月から始まる事業年度から昭和六二年三月までの間に、大宝商事に対し、回収見込みのないままに、無担保、無保証で本件弁済等を行い、その結果、本件係争年度において、六八〇七万七〇六七円という多額の金員を貸付金として計上するに至ったものである。

そして、本件弁済等は、大宝商事が、実質的には江崎が支配する同族会社であり、同社を援助するという個人的な動機から、原告における同人の支配的地位を利用して行ったものと解される。この点、原告は、大宝商事の事業が失敗すると江崎個人の信用が失墜し、ひいては原告の事業に甚大な悪影響を及ぼす状況にあり、大宝商事に対する融資には、合理的な理由があると主張するが、法人税法は、個々の法人を独立の課税客体としており、たとえ右のような事情が認められるしても、法人格が別個である以上は、別個の課税単位として取り扱うべきものであることからしても、組織として全く別個の法人である大宝商事に対し、無担保、無保証で多額の弁済等を行うことを正当化する理由とならないことは明らかである。

江崎は、大宝商事の代表者であり、本件弁済等をした当時、同社の業績等については当然熟知していたところ、右金員が将来回収不能になることは予見し又は予見し得べきであったといわなければならない。しかるに、江崎は原告代表者としての地位を利用して、大宝商事に対し、回収見込みがないことを知りながら、本件弁済等を行ったものである。それ自体、原告の前記定款目的を著しく逸脱するもので、取締役として過失があるといわなければならない。さらに、その後、担保を取るなどして、債権の回収を確保する手段を取らなかったことにも、債権管理上の過失があるということができる。結局、本件弁済等は、取締役の会社に対する忠実義務に違反する行為であり、結局は、商法二六六条一項五号により、江崎に対し、その損失の発生と同時に何らの意思表示なくして損害賠償請求権を取得し、その履行を求め得る関係に立つものである。

したがって、原告は、本件係争年度において、六八〇七万七〇六七円を貸倒償却すると同時に、江崎に対し、右と同額の損害賠償請求権を取得することとなる。

2  取締役会の承認及び株主の同意の主張について

(一) 取締役会の承認について

商法二六六条一項において、同項一ないし五号に規定する行為をした取締役の会社に対する責任が定められているが、同条二項において、右取締役の行為が取締役会の決議を経てされた時は、その決議に賛成した取締役は、その行為をしたものとみなすこととされている。すなわち、右規定は、取締役が、前記各号に規定する行為をすることについて、取締役会において事前に決議がされた場合は、その決議に賛成した取締役も、当該行為をした取締役と同様の責任を負うとすものであって、取締役会において承認されたことにより、当該行為をした取締役が免責されることを規定したものでないことは明らかである。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(二) 株主の同意について

前記のとおり、原告が、大宝商事に対し、本件弁済等を行ったのは、昭和五八年から昭和六二年ころまでの間であるが、この間、江崎の父親の存命中は江崎及びその父母の三名が、父親の死亡後は江崎及びキヨの二名が原告の株主であったことが認められる。

また、江崎は、原告が大宝商事に融資をしていたころは父親が入院中であり、経営は完全に江崎に任されていたこと、キヨは、大宝商事の経営したドーナツ店の二階に住んでいたことから、大宝商事に対する融資について事前に同意を得ている旨供述する(原告代表者尋問)。

右同意を示す禀議書、金銭消費貸借書は存在せず、また、免除されたとされる経営上の処理もされておらず、右同意もしくは免除があったかについては疑わしい点は残るが、原告と他の株主との関係を考えれば、原告が大宝商事のためにした本件弁済等について、黙示的もしくは実質的には事前に同意があったこと、又は事後において江崎の原告に対する損害賠償義務を免除することについての同意があったことをあながち否定できない。

しかしながら、仮に、株主による事前又は事後の同意があったとしても被告は、法人税法一三二条の同族会社の行為又は計算の否認の規定に基づき、本件係争年度において、原告の江崎に対する損害賠償請求権を益金に算入し得ると解すべきである。

すなわち、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合に、法人税につき、その負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、税務署長は、その行為又は計算にかかわらず、その認めるところにより、法人税の税額を計算することができるとされている(同法一三二条一項)。これは、同族会社の少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことに鑑み、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して更正処分等を行う権限を税務署長に認めるものである。

そして、法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められるか否かは、もっぱら経済的、実質的見地において、当該行為又は計算が、純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定すべきものである。

本件についてこれをみるに、原告が大宝商事のためにした本件弁済等は正常な経済取引においては通常考えられない極めて不自然、不合理なものであり、それらの行為により原告に生じた損害について、原告が、当該行為を行った取締役に対し、一切責任を追求しないことは、極めて不合理かつ不自然であって、これらは結局、原告及び大宝商事がもとに江崎の支配する同族会社であることに起因するといわざるを得ない。

しかるに、本件貸付金を貸倒償却して損金に算入するに際し、総株主の事前又は事後の同意を理由として、本来は右損金の計上と同時に当然発生すべき原告の江崎に対する損害賠償請求権を益金として計上しないことを容認することは、原告の法人税の負担を不当に減少させることとなるのであって、同法一三二条一項の規定により否認されるべきものである。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

3  信義則違反の主張について

原告は、本件貸付金として計上していた金員について、被告はその認定利息を所得に計上するよう勧奨し、原告はこれに応じて、各事業年度において所得に計上したが、これは、本件貸付金が適法なものであることを被告においても認めていたことにほかならず、信義則の点からも、被告が本件貸付金を違法なものということはできない旨主張する。

しかしながら、被告は、本件貸付金が違法なものであるとして本件更正処分等を行ったものではなく、原告が本件貸付金を貸倒償却したことについて、原告が江崎に対して取得する損害賠償請求権を益金に計上したにすぎないのであるから、何ら信義則に違反するものではない。したがって、原告の右主張は採用できない。

第四結論

以上から、被告のした本件更正処分等は適法であり、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 近藤宏子 裁判官 村越一浩)

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